
上の写真は朝焼けのモニュメントバレーの表情です。そこに居合わせた日本人ガイドの男性が言っていたのですが、朝日を観に来る80%が日本人なんだとか。それでは旅3日目です。
2014年5月9日、旅、3日目
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現地の人たちだと思うのですが、ネイティブアメリカンたちもこのホテルで朝食をとっていました。
この日は朝焼けの中、ナバホ族のアーニーのガイドで、ジープの後ろに乗って、一般では入れない居住区近くや聖地を案内してもらいました。僕は泣かずにはいられませんでした。震えずにはいられませんでした。この大地と僕らの住んでいる場所は間違いなく繋がっているのです。



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午後からは“神々の大地”と僕らが勝手に思っているところに向かいました。
目的地。この辺りはオフロードで、正直楽しかったです。いつもより、大地とタイヤと僕の距離が近いのがわかるのです。


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「今なにしてる?」ってまるで友達みたいに僕のことを扱ってくれるFacebookのためにも、正確には今じゃないけれど、今日のことを少し書きます。
とにかくここには全てがあり、何もありませんでした。ただそこにある当たり前の連続を感じるか、感じないかなんだなと思いました。こんな風に心の底から、(もちろんこの雄大な大地を観てなのだけど、景色にというよりも)こういうことってなんなんだろうと、思考を通さず直接流れてくる何かを感じて泣かずにはいれなかったのは初めてかもしれません。「あーそうか、同じなんだな」、とわりと”普通”なことを感じたのでした 。心が震えるほどに。そんなことをナバホ族のアーニーの運転するトラックの荷台でグラグラと激しく揺られ、冷たい風を浴びながら、感じていました。
(思い切って言えば)アベノミクスがうまく行こうが行くまいが、金融緩和を続けようが続けまいが 、今も砂漠には人知れず花が咲いたり、咲かなかったりする。砂漠に花が咲こうが咲くまいが、消費税が上がったり白菜が高騰したりする。それはいつも同時に起きている。すべてはこの星の出来事。それでいいのではないだろうか。そっと肩に手を添えて、今日も夕日が綺麗だね、と伝え合う。それでいいような気がします。あまり肩肘はらず、僕らそのものもまた環境の一部でしかないのだから。お尻はまだ痛いけど 、痛いのが当たり前になったのでもう気になりません。オロナインもオロナミンももう大丈夫です。ハツラツです。(5月9日facebookより抜粋)
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2014年5月10日、旅、4日目
モニュメントバレー出発の朝、この日は空気が澄んでいて日の出の瞬間もしっかり拝めました。
このようにして、かの“パワースポット”に向かう朝を迎えたのです。
名残惜しや。サヨナラ・モニュメント。
いざ
koko Mänty (kissa) ~森へ~ 成重松樹