一昨日より、棟梁のお手伝いで富士山麓に行っておりました。
富士山は不思議な力があるのは確かなようで、誰にどう教えられたわけでもないのに、そのスケール感からか、どうも帰って来たような、安心感を与えられます。
もちろんどこかで植え付けられた後天的なものも否めないが、どうしても期待してしまう。
ここがボクの場所だって。
それは、東京タワーのそれに似ているかもしれない。
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ところで、富士山麓。写真手前は本栖湖。
寒かった。至極。
撮影前乗りだったため、夜は棟梁とキャンプ。
何気に人生初キャンプ(笑)
火を熾すって言うのは、何か芸術めいてもいて、やはり原風景に繋がるものを感じました。
とりあえずジャックロンドンのことを思いながら揺れる火を眺めていると、寒さが身にしみて、生きていることを切々と感じ、しかしながらも、一体ボクはこの世界のどこに在れているのかと、不安の暗闇に溶け込んだのも確かでした。
確かな暗闇を感じるには充分な、力強い炎でした。
星がきれいだったなぁ。
ちなみに火を熾したのは棟梁です(笑)
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偉大な自然に内包感を得ると、不思議と溢れ出す自己との対話があります。
これは本当に不思議で、勝手にそれは始まってしまうのです。
それは、ボクが山歩きを勧めるときに言うことなんですが、いいインタビュアーが頭の中に現れるというやつです。
今回のテーマはこれでした。
「本当に好きなものは何か?」
それで考えた結果。
小さい時から好きだったコト、モノは、
「磨く」(どちらかというと削る方に近い)
「叩く」(磨くという行為にすこぶる近く、なぜだか小さいときにやりたいことはと考えると鍛冶屋だった)
そして、「シワ」
ボクは最近、とてつもなくシワが好きなことに気付いたのです。
服のシワだとか、それはもう二度と起きえないハプニングで、意図してできることと、できないことが、共存できる期待感がまたいいんだと思う。
山の凹凸なんて言うのもたまらない。
人の顔だってそうだ。
その人の歩んで来た、重ねて来た表情一つ一つの現れである。
老いるのは嫌だが、老けていくことは好きだ。
とにかくボクはシワが好きです。布を寄せて現れる偶然のシワ。
そういうことを一つ一つ大事にまとめていけたらいいなと思っています。
なんだかそれはヘアーカット、不確かな髪との対話にも似ていると感じれるのです。
先週、ついにシャンプーボールが付きました!このあと棚も仕上げに入ります。
自分が作ったものにしっかりとした製品が付くと、ここまでしっかりするものかと感心しました。自己満?笑
やっと美容室だとわかるようになりました。
あとすこし!
顔晴ります!!
久々のblogでなんだかはしゃぎすぎたような気がしますが、長々と読んでくださりありがとうございました。