そして、今日、九州は雨だった。
久しぶりに乗ったソニックにちりんから望む車窓の景色は、感慨に耽ることもなく、そこにあるのは、名前も特徴もない人々の辟易とした追体験と、どこまでも絡む蔦、それが一瞬のうちに流れて行ってしまうことが、本当に、本当に、どこまでもどこまでも恐ろしかった。東京ではもう珍しくなってしまったセイタカアワダチソウも、この季節の顔としてどこにでも黄色い綿毛をしおらしく揺さぶり、稲刈り後の田の上にいろいろな雑草と混じって豊かである。僕が都会だと思っていた駅舎も今観てみると、はりぼてみたいな外壁でぺらぺらと銀色に昼前の陽を跳ねていた。ただそこにいかにも寡黙なこの国最高紙幣の人物がただぽつりと腕を組み、未来かなにかを眼差している。帰ってきたよ、という気持ちは薄いのだけど、結構どこにでもある景色で、ああ、これがこの国のふるさとだ、と妙に抵抗はない。少し哀しいだけだ。その哀しみを思うとき、念のため総理大臣の顔は思い浮かべてみる。何も変わらない。ただ、樹の幹にに落ちる緑の影だけは、すべてうつくしかった。全ての景色を救っていた。なんなのこれ?などと思いながら、水面の反射や、そこを通る風、前出の影とか、陰、そこばかりは、大事な言葉が眠っているように感じてしまう。何度も、プツプツといった電子音の後に、到着駅が近づく毎に流れる、女の人の録音の声が、お座席の右側にありますポケットをご利用のお客さまは切符のお取り忘れにご注意ください、などとアナウンスしているのだが、何度チェックしてみても右側にポケットなんてない。もちろん左にもないし、あるいは、僕のズボン、上着の右のポケットにも入れたつもりはない。きっとこの右側のポケットに手を突っ込んだ時、この景色は変わるんだ、と、僕が14歳ならカセットウォークマンを何度もリピートしながら思ったかもしれない。そのぐらいは許されてもいい。ということで、僕は今、大分に向かっています。正確には別府です。祖母に会いにきました。
と、書いたのは一昨日のこと、その日の夜は月光も雲もなく、どこまでも突き抜けて暗闇で、圧倒的な星空だった。子供の頃はいくら探してもわからなかった天の川も豊かに流れ、流れ星でさえこんなに簡単に観れるものかと恐ろしくなってしまうほどだった。
そのこと(流れ星)を翌日祖母に伝えると、明日ぐらいは雨がふるかもなあ、と言っていた。そして、今日、九州は雨だった。
なんだか、この頃は、情報の在り方が変わったこともあってか、ぎゅっといろいろなことが詰まって心に押し寄せてきてしまう心地がするけれど、そうだそうだ、こういう情報もあったのだ。それは、本当に豊かに人が自然と生き、人里として機能していた頃からの長い長い時間の智慧。旬の果物、野菜を食べ、季節の野花の香りを嗅ぎ、ああ、もうすぐ春だね、という、そういった情報過多の時代。そういう情報が結構嬉しいかもしれない。
そんなことを考えた三日間の旅でした。グレイ色の空を観ながら、この空がどこまでも続いていることを今一度感じました。koko Mänty (kissa) ~森へ~ 成重松樹 Matsuki Narishige