アリアとフレル

なんでもない、いつもの、当たり前の、景色の中に、“隠れた”(いや、いつだってあるのだから隠れているわけではない)、ありふれ、あふれている景色の中に、僕は“見過ごしがちな”、空気、光、匂い、あらゆる“カタチ”をみつけることを大切にしている。と、言うよりもそれが気持ちよく、好きだ。ドキドキする。

多分それはここにある

と、言うどうしようもない感覚(直感)、感触。ああ、早くしなくては、と、気持ちの良い焦燥を味わう。何処かから、ほんのひととき顔をのぞかせた北ギツネの親子のように、それは儚い時間の美しさを感じさせてくれる。

なんだかとても穏やかな心地になるのです。

世界はただ在るだけで、僕らは無常のひととき。だから、僕らは物語を紡ぐ、もしくはみずからのコトバを使ってモノガタる必要があるような気がする。

koko Mänty (kissa)       NARISHIGE  Matsuki

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